第七号 / 特集 残す仕事
小さな工房の朝
糊が乾く時間から、その日の順番が決まる。住宅街の一階にある製本工房の、朝の三十分を見た。
工房は住宅街の一階で、表札の代わりに「製本」とだけ書いてある。朝、窓を開けると糊の甘い匂いが通りへ出る。
工程は分かれ、声は飛ぶ
職人は三人。裁断、綴じ、表紙。工程は分かれているが、声はよく飛ぶ。今日の束が何冊か、誰が午後の配達に出るか。短い確認だけで手が止まらない。
壁の白板には、乾燥に必要な時間だけが書いてある。冊数でも納期でもない。糊が決めた順番に、人の予定を合わせるやり方が、この工房の基本になっている。
残響の今号も、ここで仮製本の見本を作ってもらった。本文紙の手触り、背の丸み、開きの抵抗。画面のプレビューではわからないことが、見本を開いた瞬間に決まる。
紙は開き方で性格が出ます。そこは、画面では決められない。
朝の三十分
昼前に、近所の小学生が窓の外を覗いた。紙を積む音が、学校の工作に似ているらしい。職人は手を止めず、軽く会釈しただけだった。
見学は断らないが、説明もしない。手元を見せるだけで足りる、というのが三代続いた方針だという。声をかけられたときだけ、道具の名前を教える。
午後は納品の便が二本。遅れると次の工程が全部ずれる。小さな工房ほど、朝の三十分の精度が一日を決める。
帰り際、裁断の職人が端材の束をくれた。試し刷りにも、栞にも使える。工房の一日は、こうした端の紙で終わる。