季刊誌残響

第七号/二〇二六年 夏/特集「残す仕事」

第七号 / 特集 残す仕事

駅前の書店が残しているもの

四十年、棚の並びを変えない店がある。駅前の再開発のなかで、その配置だけが動かずに残っていた。

透北窓 透2026年7月18日2分

北口を出て三分。看板の文字は薄れているが、ガラス戸を開けると紙の匂いが先に来る。店主は四十年、同じ棚の並びを守ってきた。

足が覚える配置

新刊台は入口の右手。文庫は奥。雑誌は窓際。地図を持たない客でも、足が覚える配置だ。入れ替えは季節ごと、しかも一棚ずつしか動かさない。

棚を動かす日は、前の晩に紙で図を描く。どの棚が何センチ寄るかを決めてから、翌朝、開店前の一時間で終える。客が来る時間に、店が工事中であってはいけない。

全部を新しくすると、常連が迷う。迷わせないことは、店の礼儀でもある。

書店主

レジ横には、店員が手書きした今週の三冊がある。書評ではなく、誰に渡したいかだけが書いてある。短い文なのに、客はそこで足を止める。

三冊のうち一冊は、必ず十年前の本を選ぶ。新刊だけを勧める店は、新刊の出ない週に何も言えなくなるからだという。

再開発のあと

駅前の再開発で隣の建物は新しいホテルになった。書店の家賃は上がり、在庫は絞られた。それでも閉店の札は出していない。

近くの同業は、この五年で三軒閉じた。閉じた店の常連が、少しずつこの店へ流れてくる。増えた客の分だけ、棚はいっそう動かしにくくなる。

レジの後ろには、取り寄せの控えが束で吊るしてある。頼んだ客の名前と、渡した日付。渡し損ねた本は、いまのところ一冊もない。

残っている棚が、この街区の記憶になっている。何が売れたかではなく、何を置き続けたかが、店の輪郭を作っていた。

透

北窓 透

記者 / 金沢

街の記録を追う。取材の録音は文字に起こしたあと一晩置き、翌朝に修飾を落としてから送る。

関連する記事

同じ題を扱った号から