第五号 / 連載 街の手
看板を描く人
商店街の文字は、いまも刷毛で描かれている。線の太さを決めているのは、読む人の立つ位置だった。
沙紙屋 沙織2026年3月14日2分
工房は商店街の裏手にある。壁に立てかけられた板は、まだ下地だけが塗られていた。看板屋の三代目は、下描きをほとんど取らない。
離れて見る距離
文字の太さは、看板の大きさではなく、読む人が立つ位置で決まる。歩道の幅、向かいの店の位置、信号待ちの列。描く前に、必ず現場を見に行く。
同じ字でも、夕方と昼では見え方が変わる。西日の入る通りでは、線を気持ち細くする。刷毛を持つ前の観察に、いちばん時間をかけているという。
近くで整っている字より、離れて読める字のほうがいい。
直しの跡
古い看板の塗り直しも受ける。前の代の線を残すか、全部消すかは、店主と相談して決める。多くの店は、残すほうを選ぶという。
塗り直した板は、乾くまで二日、壁に立てておく。その間に店主が何度も見に来る。仕上がりより先に、待つ時間のほうを覚えていると笑っていた。
刷毛の跡は、印刷にはない揺れを持っている。その揺れが、街の側の時間を示している。