季刊誌残響

第七号/二〇二六年 夏/特集「残す仕事」

第五号 / 連載 街の手

看板を描く人

商店街の文字は、いまも刷毛で描かれている。線の太さを決めているのは、読む人の立つ位置だった。

沙紙屋 沙織2026年3月14日2分

工房は商店街の裏手にある。壁に立てかけられた板は、まだ下地だけが塗られていた。看板屋の三代目は、下描きをほとんど取らない。

離れて見る距離

文字の太さは、看板の大きさではなく、読む人が立つ位置で決まる。歩道の幅、向かいの店の位置、信号待ちの列。描く前に、必ず現場を見に行く。

同じ字でも、夕方と昼では見え方が変わる。西日の入る通りでは、線を気持ち細くする。刷毛を持つ前の観察に、いちばん時間をかけているという。

近くで整っている字より、離れて読める字のほうがいい。

看板屋 三代目

直しの跡

古い看板の塗り直しも受ける。前の代の線を残すか、全部消すかは、店主と相談して決める。多くの店は、残すほうを選ぶという。

塗り直した板は、乾くまで二日、壁に立てておく。その間に店主が何度も見に来る。仕上がりより先に、待つ時間のほうを覚えていると笑っていた。

刷毛の跡は、印刷にはない揺れを持っている。その揺れが、街の側の時間を示している。

沙

紙屋 沙織

寄稿 / 松山

手仕事と暮らしを書く。締切の二日前に、削った段落を別のファイルで編集部へ送る習慣がある。

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